東京高等裁判所 昭和30年(ネ)867号 判決 1955年12月22日
控訴人(原告) 植田さわ 外二名
被控訴人(被告) 静岡県知事
主文
本件控訴はいずれもこれを棄却する。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す、控訴人等共有の別紙目録記載の土地十三筆(以下本件土地という)に対する昭和二十七年三月十九日附買収令書の交付による買収処分の無効を確認する。仮に右請求が理由がないときは、右買収処分を取消す、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
控訴代理人において、(一)、本件土地に対しては自作農創設特別措置法(以下措置法という)にもとずき、昭和二十五年八月五日買収計画が立てられ、同月十日その公告がなされ、これに対し同月二十六日控訴人等から異議を申立て、同年九月七日その却下の決定がなされ、次で同月二十八日これに対し控訴人等から訴願を提起したが昭和二十六年三月一日その棄却の裁決がなされ、同月十二日右裁決の送達がなされた。而して控訴人等はこれより先、右訴願提起後三箇月以上経過した昭和二十六年二月二十六日本件行政訴訟を提起した次第である。(二)、本件土地に対しては上記買収計画にもとずき前後三回に亘り買収処分がなされている。即ち、(イ)、昭和二十六年九月四日附買収令書の交付に代る公告による買収処分、(ロ)、昭和二十七年一月十八日附買収令書の交付に代る公告による買収処分、(ハ)、昭和二十七年三月十九日附買収令書の交付による買収処分(本件買収処分)がなされたが右の(イ)、(ロ)については昭和二十八年五月七日原審裁判所昭和二十七年(行)第一号行政処分無効確認等事件の裁判上の和解において被控訴人がその無効であることを認めたものである。しかしながら以上の買収処分は前の買収処分につき取消、または無効宣言がなされることなくしてなされたものであるが、元来行政庁の行為が一箇の行政処分として成立し、形式上行政庁の処分として存在している以上、たとえその処分が違法のものでも、処分庁自らの無効宣言、裁判所の判決、その他によつて有権的に取消され、または無効とされない限り行政処分が無効であると確定することができず、その行政処分は一応法律上有効な行政処分として取扱われ、関係者、殊にその行政行為の処分庁自らがなした前の処分に拘束されるものである。従て前述の如く被控訴人において単一の買収計画にもとずき買収処分を前後三回も時期を異にしてなしているのは公法関係や人民の法律生活の安定性の要請や行政行為の公定性の原理等行政行為の特色並に行政の建前に甚しく戻るものであるから前記行政処分は結局いずれも無効に帰すべきものであると述べ、
被控訴代理人において、控訴人等主張の右(一)の事実、及び右(二)の事実中、控訴人等主張の(イ)、(ロ)、(ハ)の買収処分のなされたこと、控訴人等主張の裁判上の和解が成立したことはいずれもこれを認めるも、その余の事実を否認する。被控訴人は右和解において控訴人等の(イ)、(ロ)の買収処分が無効である旨の主張を認めたものである。即ち、遅くとも右の裁判上の和解において当事者双方がその無効であることを認めたものである。而して被控訴人は右(イ)(ロ)の買収処分が無効であることを認めたので改めて正規の手続による本件買収処分をなしたものであつてこの買収処分自体については何等違法の点はない。また同一土地につき重複して買収処分の併存する理由はないから本件買収処分によつて前になされた買収処分は暗黙に取消されたものであると述べた。
(証拠省略)
理由
本件土地(未墾地)が控訴人等の共有に属していたこと、右土地に対し控訴人等主張の日に措置法第三十条の規定により買収計画が立てられ、これにもとずき控訴人等主張の本件買収処分がなされたことは当事者間に争がない。よつて右買収処分が有効か否かについて判断する。
(一)、先ず、控訴人等は本件土地については自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(以下譲渡令という)により強制譲渡の方式によることなく、措置法による政府買収の方式によりなした本件買収処分は違法であつて無効または取消さるべきものである旨を主張するを以て案ずるに、譲渡令第一条第四項本文、第二条第一項第五号、譲渡令施行令第一条第一項の規定によれば、都道府県知事が自作農を創設するために必要があると認めて指定した未墾地については措置法による買収を行うことなく、譲渡令による譲渡を命じうることが定められていることが明である。しかしながら元来譲渡令が原判決理由の説明のように農地改革恒久化の立法に先立ちて応急措置として制定せらるるに至つた経過、及び同令の制定に拘らず措置法は存続して施行され、同法施行規則第十五条の規定によつて買収対価の均衡を図る処置が採られた事情等を参酌すれば、都道府県知事が右指定をしない未墾地、即ち、都道府県知事が右指定をなすことを許されていない未墾地(譲渡令第一条第四項但書、同令施行令第一条第二項第二号に当る場合)以外の未墾地、(従てその指定が許されている未墾地)であつて、その指定をしていない未墾地については都道府県知事はその開発のため、諸般の事情を考慮し右指定をなした上、譲渡令による譲渡方式の適用を受けしめることができると共に、この方式によらないで措置法による買収方式を採用することが許されるものと解するのが相当である。従て所轄静岡県知事の前示指定のない未墾地であることが当事者間に争のない本件土地につき被控訴人が措置法第三十条にもとずいてなした本件土地買収処分は違法ではないものというべく、控訴人のこの点の主張は理由がない。
(二)、次に控訴人等は本件土地買収に関する農地委員会には欠格者である植田賢一、水野健吉が関与しているから右土地買収処分は違法である旨を主張し、成立に争のない甲第三号証によれば、植田賢一が、(い)、昭和二十五年八月五日開催の第四回未墾地買収計画書議決を審議する農地委員会に出席したこと、及び成立に争のない甲第四号証によれば、水野健吉が、(ろ)、昭和二十五年九月七日の右買収計画書に対する異議を審議する農地委員会に出席したことをそれぞれ認めることができる。しかるに右両名が本件土地につき直接利害関係を有することについては何等これを認めしめるに足る措信することのできる証拠はない。従て右両名が右農地委員会に関与したために本件土地買収処分が当然無効に帰するものとは解することができないから控訴人の右主張はこれを採用しない。
(三)、更に控訴人等は本件土地については本件買収処分に先ち控訴人等主張の(イ)及び(ロ)の買収処分がなされたから本件買収処分は無効である旨を主張し、右(イ)及び(ロ)の買収処分がなされたことは被控訴人の認めるところである。しかしながら本件当事者間の原審裁判所昭和二十七年(行)第一号行政処分無効確認等事件の昭和二十八年五月七日の口頭弁論期日において和解条項として被控訴人が右(イ)及び(ロ)の買収処分が無効である趣旨の控訴人等の主張を認めたことは当事者間に争がないから、この事実に徴すれば、右(イ)及び(ロ)の買収処分は初めから何等効力を生じなかつたものであつて、本件買収処分だけが有効に存続していたものと認めるのが相当である。従て控訴人等の右主張もまた理由がない。しからば、本件買収処分の無効確認、またはその取消を求める控訴人等の本訴請求は失当たるを免れないから、これを排斥した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十三条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。
(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)
(目録省略)